私たちの正倉院

韓国タンジの壷。唐辛子を入れるためのこの壷はまさに韓国そのもの。

京都にある烏丸(からすま)と、ボスの生まれた唐津をもじってスタートした加羅津丸(からつま)コレクション。

これが後のアミナコレクションのはじまりである。

タンジの壷秘話(written by 進藤宏子)

タンジの壷は、なかなか売れずに世田谷の貧しくて狭い住居が、ツボだらけになってしまった。水を入れると染みて漏れてしまうし機能的にも十分ではなかったけど、なけなしの私財をはたいて仕入れたので、生活のためには売らないとどうにもならない。それで一生懸命、魅力の部分をアピールして必死で売りさばいた。

貧しい国へ行くと、ボッタクリで売りつけてきたり、無理矢理あれこれ売りつけたりしてくることがあるが、それは生活ギリギリの人たちのバイタリティー。フォークロアにも基本的に貧しさと不屈の精神が宿っていて、その明るいバイタリティに何か魅力を感じたりするのでは。

卸専門業者として関東、湘南の小売店に巡回サービスを開始。

アミナコレクションの横浜での創業「横浜にてフォークロアの砦をつくる」 (written by 進藤幸彦)

わざわざ東京から引っ越してまでして、横浜で創業した。唐津の海育ちであった私には潮の香りが薬になることもあった。

それに国際貿易港のさざ波騒ぐ海面には、なにかしら男をそそのかすような、挑発するような汚れがある。

横浜は明治と占領時代の2度にわたり日本がはじめて欧米の文物を大量に受け入れた街だ。

そして日本人のフォークロアを変貌させた。近代の良い悪いもここが始まり。フォークロアの砦を作るにはふさわしい。

明治維新の当時は文明開化の音がして、今は文明開化の見直しが始まる。

アミナコレクションはまさに進藤家の中から産まれた。子供たちの走り回る自宅の玄関には会社看板、玄関横には倉庫スペース。居間のテーブルの上にも、仕事も家庭も混濁して・・・

家族写真

株式会社アミナコレクションを緑区の現法人住所に設立。

日本ハリレラ商会の協力により、中近東・インド・トルコ・エジプトのマーケットをリサーチ。

インド民芸衣料のデザイン、生地の輸入をはじめる。従業員3名。

「シルクロード」構想をもっていたところ、横浜中華街南門通り商店街の後援を得て、5月2日「チャイハネ(パート1)」を中区山下町80番地でオープン。

ホンコンとの取引開始。大阪国際貿易見本市に初参加。従業員7名。

チャイハネ誕生秘話 (written by 進藤幸彦)

<チャイハネという名前>

シルクロードと中華街になじみやすい名前を考えた。トルコの喫茶店、人がわけもなく集まる寄り合い茶屋「チャイハネ」がすぐ浮かんだ。気楽にいろいろなお客に入ってもらい、チャイは飲めないが世界各地の民芸を楽しんでもらおう。

中華街の南門の通りは、ヨーロッパ志向の町並みである元町と中華街を結ぶ、いわばシルクロード。南門の通りは関東大震災前までは、休日に異人たちがパレードするメイン
ストリートだった。なので看板は開港浮世絵の「横浜ドンタク図」の異人達のパレードの絵を組み合わせた。看板が上にあがると、店構えは何となく「芝居小屋の雰囲気」になって、それも楽しかった。博多どんたくにならって、横浜どんたくチャイハネと書きなぐった。

街全体をどんたくの雰囲気にして店を盛り上げたかった。

 

6月末、チャイハネ パート1は中区山下町185番地に引越。12月、パート2をオープン。

東京国際貿易見本市に初参加。民芸ファッションの企画・制作を強化。

営業網を拡大、横浜市内でも企画衣料の生産工場を確保。

Aminaブランドの始まり。年商1億円を超す。

船小屋チャイハネ

チャイハネも人気が出ていたのだけれど、1年で賃貸期限が来て出て行かざるをえなくなったが、向かいの稲垣さんが店として貸してくれた。もともとは船具問屋ということで、手を打って喜んだ。

船小屋も民芸にふさわしい建物ではないか。

漁業組合の倉庫などを思い出しながら、船小屋らしく改装したのだが、風情を出すには
ボートを飾りたい。木造のボートにこだわったところ流通しておらず、金沢八景の野島付近の運河で放置されている木造ボートを見つけた。そこでウンチのうかぶ運河を泳ぎ、絶滅寸前の「民芸品」を確保した。黄色や空色のペンキがはげてきていい感じの風情があるボートだ。

船小屋チャイハネ続き

 

ホンコンとの取引強化。

5月16日「シルクロード舞踏館」オープン。トルコとの取引開始。

シルクロード舞踏館誕生秘話(written by 進藤幸彦)

<物化へのレジスタンス>

第二次オイルショックによる不況が冷めやらぬ1981年。

チャイハネの前の更生堂薬局が引越したタイミングで、舞踏館はオープンした。

舞踏館は最初から利益が目的ではなかった。当時は営業活動で何年間も車に乗って走り続けていた。車体や座席シートを仮に排除して人間の肉体のおかれた形だけを考えると、中腰で膝を曲げたまますごいスピードで宙を飛んでいる奇妙な形が見える。こんな光景は人類の何万年の歴史の中で、ついこの百年の間に出てきて、あっというまに当たり前になった異様な光景なのだ。あと何年もこのままなら今度は体の硬化が始まり、工業文明にくたびれたぼろぼろの肉体になっておしまいという気がした。

シルクロード舞踏館誕生秘話続き

 

インドネシアとの取引開始。

インドネシア、ネパールでの現地生産開始。USAとの取引開始。

季刊紙「シルクロード舞踏館」を創刊。

3号、4号でトルコ風呂の名称廃止運動に協力、年末に全国に広がる。

7月7日、西域民具・骨董・アクセサリーの「トルクメン」をオープン。従業員10名。

機関紙で旧暦正月の「春節」の復活キャンペーン。

7月「船小屋」チャイハネ再見セール、7月30日たましずめ神楽を行う。
翌日より解体工事。

12月末「西域倉庫」チャイハネ3階建てで新装オープン。

タイとの取引開始。中国広州見本市へ参加を始める。

「船小屋」チャイハネ再見セール たましずめ神楽

チャイハネ大規模リニューアル

耐震の問題で建物を作り直さなければならなくなった。

トータルで民芸そのものであるような、フォークロアのインパクトの強い建物を作りたいと思ったが、建築規制の壁が立ちはだかった。なんとか私たちの思考と感性で突破しようと試みた。

倉庫という無愛想な建物には媚がなくてもいい。基本の形は倉庫でいこう。チベットなどの西域風の倉庫を想った。内装はネパールの門前町の木造建築の持つ、「狭苦しい人懐かしさ」をテーマにして、舞台のような段差も作ろう。ボートややぐら組みはそのままにして、全体が「船の旅情」をかもし出している雰囲気は大事に残そう。そうやって新生チャイハネは生まれた。

チャイハネ大規模リニューアル

ビルマ、台湾、韓国との取引開始。年商3億円を超す。

この年を「企画元年」とし、民族衣料のほか雑貨の企画開発も目指す。

ギリシャとの取引開始。従業員20名。

資本金2000万円となる。チャイハネ10周年で緑区鴨居にスタジオ(3階建て)を建設。

パキスタンとの取引開始。

インドのデリーに正式に駐在事務所を開設し、インド政府の承認を受ける。

駐在2名。年商5億円。

新本牧に倉庫用地131坪を確保し、倉庫を建設。「トルクメン」は2月に移転、新装オープン。
西域食器・雑貨「ネネソフラ」が2月に新しくオープン。

メキシコ、グァテマラとの取引開始。

3年に1回の1ヶ月サクセス休暇を実施。年2回の展示会を開始。従業員30名。

企画第5年度。アトリエ・事務所をシタラビルに移す。

コンピューターを導入して販売時点と在庫の管理に正確を期する。舞踏館改装。

「シルクロード舞踏館」奇数月刊となる。西アフリカ諸国との取引開始。従業員40名。年商7億円。

「フォークロア世界への旅」(毎日新聞社刊)。

週刊毎日グラフに「世界民芸曼陀羅」を連載。年商8億円。

3月、パート1・3階をオープン。

12月中区山下町214に本社ビルを建築、チャイハネ アナオープン。

単行本「世界民芸曼陀羅」(毎日新聞社刊)。

11月をもってシルクロード舞踏館閉鎖。13年間にわたった第1次舞踏館は惜しまれながら中断。

ペルー、ボリビア、ケニアとの取引開始。従業員53名。年商10億円。

タンザニアとの取引開始。年商9億円。

10月「シルクロード舞踏館」偶数月間で復活(通算42号)。デリーオフィス総人事異動。

カナダとの取引開始。年商9億円。

ランドマーク4Fにチャイハネ アタオープン。商品部を新設。

ベトナム、バングラディシュとの取引開始。年商10億円。

創立20周年記念。週休2日制を完全開始。ブラジルとの取引開始。

関帝廟前にチャイハネ デデオープン。コンピューター入替。従業員60名。年商13億円。

エジプトとの取引開始。年商13億円。

4月チャイハネ 厚木店、7月町田店、11月仙台店オープン。

9月アタ5Fに移転、ランドマークタワー店となる。「世界の不思議なお守り」(平凡社刊)。

新店舗委員会発足。トルコ大地震にボランティア派遣。ヒマラヤ保全協会に加入。

従業員100名。年商16億円。

本牧倉庫より丸山倉庫へ引越。3月チャイハネ 亀戸店、11月小倉店、12月お台場店オープン。

8月仙台店2Fに移転。仕入委員会発足。エクアドルとの取引開始。従業員140名。年商18億円。

4月チャイハネ ネネオープン。シルクロード舞踏館復活。

パート1・3Fリニューアル(伝統衣料コーナー)。11月小倉店が移転、博多店となる。

第1回南門シルクロード花鳥節・姫りんご祭。8月ホームページ上で通販開始。

6月危機。年商16.5億円。

チャイハネCAFE誕生秘話 (written by 進藤さわと)

チャイハネを紹介するときに「チャイは飲めないけれど、世界各地の民芸を楽しんでください」という具合に言い訳がましいところがある。それならいっそのこと「チャイ」ののめるカフェを作ればいい、というのがボスの最初の発想で2001年にチャイハネネネが開店時にその4階にてオープンした。

それから10年経ち、チャイも少しずつ日本に浸透していきてる。さらにチャイを前面にメニュー構成を組んでいくことになっている。

インドで雑踏の中にあるチャイ屋で一杯飲んだり、トルコの商談中に出されるチャイを飲んだり、現地でチャイを飲んだ記憶は、人ごみやフォークロアの濃厚な密集の中においてである。

日本で言えば緑茶のような感じで現地のフォークロアに根付いているチャイ。

コーヒーや紅茶が外来でありながらスタンダードの仲間入りをしたのならば、チャイも刺激的な異文化の飲み物というより、普通に気づくと手にとっている民衆に浸透したものになっていって欲しい。

チャイハネCAFE

派遣社員雇用開始。12月チャイハネ 元町店オープン。

パナマとの取引開始。年商17億円。

6月チャイハネ 熱田店、7月イクスピアリ、12月太田店オープン。

2月トルクメン改造、チャイハネ テュルクと改名。マネージ部改組サポート部へ。

進藤さわと統括就任。年商19億円。

2月地下鉄みなとみらい線開通。2月チャイハネ 京都店、3月広島、6月福岡店、8月浜松店、

11月りんくう店、12月さいため店オープン。

仕入部、店舗部創設。丸山倉庫より羽沢倉庫へ引越。従業員200名。年商23億円。

6月本社をクリードビルに移転。

4月チャイハネ 苫小牧店、5月宮崎店、10月熊本店、11月水戸店、2月五所川原店オープン。

5月テュルク閉店、跡地へデデ引越。進藤さわと、やまと取締役就任。7月営業常設ショールーム開設。

「シルクロード舞踏館」100号記念「チャイハネ・マーケット月組」出版。

従業員266名。年商27億円。

4月チャイハネ 岐阜店、千葉店、11月武蔵村山店、神戸北店、八尾店オープン。

10月お台場店が移転、ららぽーと豊洲店になる。6月スマイルアップキャンペーン開催。

8月公募プロジェクトで「民俗学」表紙裏に広告を掲載し、一般より旅行記を募集、機関紙にて発表。

9月第1回ファッションライブを横浜大さん橋ホールにて開催。

12月創業30周年記念として早池峰神楽(岳神楽)を招待講演。MD部創設、展示会3期制導入。

C・CRAFT立ち上げ。従業員数305名。年商31億円。

C・CRAFT(チークラフト)誕生秘話 (written by 進藤さわと)

1984年、チャイハネが年々成長して、その必然の作用として商品に大衆性が強まっていくなか、トルクメンという骨董のような古民芸のショップがオープンした。このショップは今はもうないが、当時のチャイハネの成長によって損なわれていった何か精神的なものの埋め合わせをする作用があった。

2006年、チャイハネが本格的な店舗展開を進める最中、チークラフトは誕生した。

チャイハネが店舗展開すれば必ず商品は人気商品にしぼられ、結果として気の利いた小物や身の回り品が主力になっていくのは眼に見えていた。何か大きくてゴツゴツしたもの、そういうものをやるべき、という漠然とした感覚から、家具という発想を持った。

チークラフトの誕生もトルクメンの誕生と似た、ある種の穴埋めのような動機があったのかもしれない。

C・CRAFT誕生秘話続き

C・CRAFT(チークラフト)誕生秘話

2月仙台店が移転、仙台名取店となる。

3月羽沢倉庫より鳥浜倉庫へ移転、文化発信室創設、チャイハネ 長崎店、4月長岡店、高松店、新宿ミロード店、港北店、10月鹿児島店、羽生店オープン。5月より社内報「C・PRESS」奇数月発行開始。6月「チャイハネ・マーケット花組」(民芸追求)出版。従業員数330名。年商35億円。

9月チャイハネ30周年記念第2回ファッションライブを横浜大さん橋ホールにて開催。

3月チャイハネ 大高店、4月松山店、5月山口おのだ店をオープン、おかかとC・CRAFTを商標登録、9月超谷レイタウン店オープン、新宿ミロード店がJiJi Cayhaneに改名、10月名古屋空港店、11月奈良橿原店、滋賀草津店、デデ伊勢崎店、オンラインショップ楽天オープン。新事業推進部を創設。

anishaブランド立ち上げ。従業員数440名。年商39億円。

チャイハネ30周年

Anisha(アニーシャ)誕生秘話 (written by 進藤さわと)

かつて2000年にチャイジュ(コンセプトtouch of folklore)というブランドがデビューして短期間で廃止となった。社内的には非常に好評で、伝統的なハンドワークがふんだんで素朴なブランドであったが、商売としてうまく回ることはなかった。このチャイジュの喪失感の穴埋めをしようというようなモードはどこか残っていた。

またこの近代においてフォークロアの価値を想うとき、実は都会でのギスギスしたライフスタイルにこそ、その価値が求められるものがあるのではないか、という想いがあった。それらの気持ちが合流して2008年にアニーシャは産まれ、少しずつアミナコレクションが表現していくべき領域にスライドしてきている。

Anisha(アニーシャ)誕生秘話

3月キョイ(横浜中華街)大改装、パート1外壁を塗り替え、ネネ1・2Fに諸国漫遊食堂ネネカフェ、3・4Fに家具フロアがオープン。

4月チャイハネ 上小田井店、6月磐田店、7月muse LUZ 自由が丘店オープン。

熱田店改装、8月JiJi Cayhane 渋谷キャットストリート店、梅田茶屋町店、10月COCOEあまがさき店オープン、町田店が海老名ビナウォーク店に移転、11月muze Esola池袋店オープン。

12月鳥浜倉庫より幸浦倉庫へ移転、横浜中華街大通りに倭物やチャイハネ カヤがオープン、チャイハネ 元町店がmuze 元町店になる。

yulブランド立ち上げ。財務部が本社に移転。ファッション雑誌へ広告出稿始める。

カヤ誕生秘話 (written by 進藤さわと)

アミナコレクションは創業以来30余年、いわゆるエスニック雑貨といわれる業態チャイハネを展開してきた。エスニックというのは発展途上国であるアジア・アフリカ・中南米というエリアが対象だ。創業者である父(以下、ボス)はもともと日本の民俗芸能との出会いからフォークロアの世界へ足を踏み入れたにもかかわらず、エスニック諸国のフォークロアばかりを対象にしていたのは私にとっては違和感が強かった。

2005年、熊本にチャイハネがオープンした際に、熊本城下の「熊本県伝統工芸館」に立ち
寄った際、「おばけの金太」という民芸品に出会った。赤い漆塗りの愛嬌ある顔した民芸品で、ひもをひっぱると「あっかんべー」をする仕掛けがある。江戸時代からの民芸品だが、一子相伝の民芸品で後継者難に直面しているということであった。

カヤ誕生秘話続き

カヤ誕生秘話

muze コレットマーレみなとみらいオープン

チャイハネ戸塚店、つくば店、吉祥寺店、京都寺町店オープン

チャイハネ赤レンガ倉庫店オープン

DEPO横浜ベイサイド店オープン

チャイハネDEPO誕生秘話 (written by 進藤さわと)

2006年に家具ブランドであるチークラフトを立ち上げた当初から、家具倉庫併設ショップが欲しいね、と関係者で話していた。大きな家具倉庫があって、その倉庫の入り口がショップになっているというものだ。そして家具だけのショップというよりも、チャイハネもあったほうが多くの人が頻繁に来て頂ける、そういう話もしていた。

チークラフトが順調に事業として成長していった2010年のこと、ついに家具専門の倉庫が必要な規模になってきた。そこでアミナコレクション本倉庫のそばで、三井ベイサイドアウトレットの前にあるマクドナルドにブランドマネージャーと待ち合わせをした。倉庫物件探しの打ち合わせをするためだったのだが、そもそも打ち合わせ場所から見える、道路を挟んで目の前にある倉庫が空き物件になっているのに気づいた。古びていて、屋根も三角で船小屋風、目の前には海もある。チャイハネにぴったりではないか。倉庫の大きさも、家具倉庫とショップを併設にするのにちょうどいい。すぐに飛びついて、その1ヶ月後には店をオープンしていた。

チャイハネDEPO誕生秘話

カヤりんくう店、カヤ成田空港店オープン

ハワイアンブランドである新ブランド「カヒコ」オープン

チャイハネ西武新宿PePe店オープン

ゆめタウン徳島店オープン

「詩でつづる神社100選」(民芸追求刊)

Kahiko(カヒコ)誕生秘話 (written by 進藤さわと)

2008年、アミナコレクション開催のファッションショーがあった。アミナコレクションらしく、ファッションショーの狭間に民俗舞踊を差し込んで、ファッションと芸能の融合を図るものだった。

しかも2つの芸能は、1つは国指定・重要無形民俗文化財の岳神楽、もう1つはカヒコというフラダンスの古典的なスタイルなのだが、ハワイから高名な先生クラスを招待している。

カヒコは、2008年のハワイ島のメリモナーク祭で競演していたチームの中から、もっとも真摯なハワイの神事舞踊と感じた2チームを日本へ招待した。

Kahiko(カヒコ)誕生秘話続き

Kahiko(カヒコ)誕生秘話

チャイハネパークプレイス大分店オープン

チャイハネDEPO那須ガーデンアウトレットオープン

カヒコ横浜ワールドポーターズオープン

店舗革進部創設

チャイハネパークプレイス大分店オープン

チャイハネDEPO那須ガーデンアウトレットオープン

カヒコ横浜ワールドポーターズオープン

店舗革進部創設

岩座(いわくら)オープン
東日本大震災復興支援「森の長城プロジェクト」に共感し、被災した沿岸部にいのちの森を作る

早池峰神楽 岳神楽 ユネスコ無形文化遺産フェスティバル招致公演の先駆け公演をシルクロード舞踏館で舞う

繊維からエネルギーを作り出す「FUKU‐FUKUプロジェクト」に参加

岩座(いわくら)誕生秘話 (written by 進藤さわと)

1999年にボスの著作「世界の不思議なお守り」が出版された。世界のお守り民芸を調査した本で、私も学生の頃その調査旅行のうちトルコやマリ、コートジボワール、エジプトに同行していた。その執筆過程で1997年に世界のお守りとパワーストーンを扱うチャイハネデデという店舗が横浜中華街の関帝廟前にオープンした。

2012年、デデの今後の将来性について話し合う場があったのだが、このままでは未来はないという結論にいたった。

岩座(いわくら)誕生秘話続き

岩座(いわくら)誕生秘話

チャイハネ飛行郵便刊行(年6回)

アロハテラス 木更津オープン

椿の蔵 川越オープン

ZOZOTOWN出店

アメツチテラス 沖縄にオープン

外遊びの魅力をチャイハネ流にアレンジし楽しむチーキャンプ開催

幸浦倉庫より新杉田倉庫へ引越

港横浜ショールーム お披露目

本社引越 横浜クリード7Fへ