私たちの正倉院

シルクロード舞踏館誕生秘話(written by 進藤幸彦)

第二次オイルショックによる不況が冷めやらぬ1981年。
チャイハネの前の更生堂薬局が引越したタイミングで、舞踏館はオープンした。
舞踏館は最初から利益が目的ではなかった。当時は営業活動で何年間も車に乗って走り続けていた。車体や座席シートを仮に排除して人間の肉体のおかれた形だけを考えると、中腰で膝を曲げたまますごいスピードで宙を飛んでいる奇妙な形が見える。こんな光景は人類の何万年の歴史の中で、ついこの百年の間に出てきて、あっというまに当たり前になった異様な光景なのだ。あと何年もこのままなら今度は体の硬化が始まり、工業文明にくたびれたぼろぼろの肉体になっておしまいという気がした。
舞踏館を作ろう。自分達の心身の見直しも兼ねて同好の人々を集めよう。手始めに開いた教室は、ヨガ・太極拳・新体道・気流法・少林寺拳法・修験舞踊といった教室だった。心身不に、つまり人間の肉体と精神とを切り離して考えることを否定し、人間の物化へのレジスタンスの場にしたかったのだ。
自分自身すべての教室に参加したし、当時は社員は5〜6名であったけれど、全員なんらかの教室に参加した。皆、就業時間中に仕事を抜けて教室に行く。ヨガの屍のポーズでは居眠りする社員もいた。新体道に深入りして1週間の合宿に参加していた社員もいた。そういった具合に全社一体、仕事と一体となって、舞踏館は始まったのだ。